【前回までのあらすじ】
泥酔して、誤って持ち帰った靴を返すために当日飲んでいた料亭へ。
ちゃっかりまかないをご馳走になっている間に、持ち主の名刺を板さんが発見。。。?
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
荒っぽく名刺を握って小走りに板さんは向かってきた。
もちろん、間違いなく、確実に、嬉しい。のだが、鼓動は早くなっていくばかりだった。
“Leather Crafters’ Factory”
代表
河瀬 光輝
名刺に記された文字を見て、なるほどと納得せざるを得なかった。
この肩書きで、安物の靴を履いていたら大問題だ。
「この人はね、いつも仕立てのいいジャケットを着ててね。」
名刺に釘付けになっているすきに、板さんははすの位置に腰掛けていた。
「年齢不詳っていうのかな。たぶん40歳前後だとおもうんだけど、まぁ、いい人だよ。」
いい人、という根拠も具体性もない言葉だが、歩夢は妙に安心した。
まかないはすっかり平らげていたが、猫舌の歩夢はアツアツの緑茶とまだ格闘していた。
「いいお店ですよね、また、ちゃんと来たいですね。。。」
何食べたかも覚えてないですけど、とは言えないが。
「大正からやってるからね。やっぱりその辺の店とは味の深み、ってのが違うかな!」
わかりやすく喜ぶ。ほんとにいい人だな板さん。。。
というか、仕込みはいいのか。
「お兄ちゃん、結果なんてすぐには出ないんだよ。」
まじめな表情で板さんは言った。
「こんなに頑張ってるのに、なんでダメなんだろう、って。俺も何度も思った。
でも、やめなかったんだ。
するとある日、今までうまくいかなかったことがうそのようにトントン拍子に前に進んでいくんだよな、これは面白い。」
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積み上げられた書類。
何度やりなおしても計算が合わない見積書。
朝、上司につき返されて、やり直す気にもならないプレゼン資料。
昨日の18時。
なぜか板さんの話を聞いてその光景が浮かんだ。
西新宿にあるオフィスが歩夢の、1週間の大半を過ごす場所だった。
新宿から少し歩くが、雨にぬれずにすむ場所なのが救いだった。
B1のエレベーターに並び、目的のフロアのボタンを押せば12時間、ランチタイム以外を過ごす缶詰に運ばれる。
無機質な蛍光灯に照らされ、グレーの事務机が整然と並んでいる部屋は、清掃も行き届いていて不快なことなど何もなかった。
ドアからまっすぐ窓に向かい、新宿の町並みを見下ろしながら窓際のデスクを3つ横切ると歩夢のスペースに到着だ。
コンビニで買ってきた100円コーヒーをPCの上に置く。
それが1日の始まりの合図になっていた。
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回想から現実に戻ると、目の前で板さんは目をきらきらさせていた。
一昔前のパソコンのようにジリジリと、昨日の記憶が再生されていく。
何かわからないが、この低速なメモリを駆使して、思い出さなければいけないことがありそうだ。
高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを