【前回までのあらすじ】
泥酔して持ち帰ってしまった靴の持ち主を探すため、新宿に向かう途中で元カノに遭遇した歩夢。
未練が復活し、あれこれ思い出しているうちに、目的の料亭に到着した。
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
ガラガラと小気味よい音を立てて、緊張の瞬間は幕を開けた。
店内は落ち着いていて、酔っ払った若手サラリーマンがくだを巻くような場所では到底ない。
危うく、戸を閉めなおして帰ろうかという気分になった。
土曜日ということもあってランチタイムは混み合っていたのか、まだ座席は来客を出迎えるような状態にはなっていないように見えた。
調理場からはあわただしく作業をする音が聞こえるし、ホールスタッフも店内を縦横無人に早足で移動している。
その流れのなかにただ一点、歩夢だけが取り残されたように突っ立っていた。
奥から、少し驚いた様子で女性が近づいてきた。
和服調の制服が落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、きっと歩夢よりも年下であろう。
足音も立てず上品に目の前まで歩を進め、軽くお辞儀をしながら歩夢に声をかけた。
「お客様、大変申し訳ございません、ただ今準備中でして、あと1時間ほどお待ちいただけますでしょうか?」
目の前で見ると、大学生のアルバイトかとも思えたが、声のトーンも落ち着いていて、店の雰囲気を守っていた。
「あの、昨日の夜、靴を間違えて履いて帰ってしまって、お届けに来たのですが。。。」
少し考えた後に、ひらめいたという表情であっと声をあげた。
「お待ちくださいませ!」
先ほどよりも、少し素の自分というか、かわいい声で歩夢を入り口付近のベンチに案内した後に、店の奥へと姿を消した。
さっきの子、いやな顔をしなかったところを見ると、昨日は働いていなかったのか、それとも歩夢が思うほどひどい様子ではなかったのか。。。
いろいろと思索が巡るが、そう時間が経たずに調理場から、今度はうって変わって若干強面の、作務衣を着た男性が袋を持ってやってきた。
「はい」
ぶっきらぼうに渡された袋の中を覗き込んでみると、それは歩夢の見慣れた靴だった。
「あ、ありがとうございます」
受け取りながら、当然のごとく気になったことを問う。
「あの、こちらの靴の持ち主のかたは、どのようにして帰られたのでしょうか?」
歩夢が今度は自分の持ってきた靴をおそるおそる差し出した。
裏手でうまく話が伝わっていなかったのか、板さん(と呼ばせてもらおう)は少し驚いた表情で袋を眼前に寄せた。
「あー、キミが持って帰ったのか!探してたんだよね」
この瞬間の歩夢の表情をカメラが捉えていたら、きっとしばらく笑えるくらいのひどい写真になっただろう。
「この人ね、ちょうど修理に出してた靴を取りにいった帰りだったみたいでね、それを履いて帰ったよ」
なんだかほっとしてしまったが、事態はまったく改善していない。
何せ、人様の靴をこうして持ち帰って(履いて帰って)しまった事実は変わらないのだから。
板さんの話は続く。
「何度か来店してくれていて顔なじみでね、名刺も置いていってるんだよ。連絡があったらつないでくれって言われてるから、ちょっと待ってな。ちょっくら名刺探してくるわ」
威勢の良い口調でひととおり喋ったあとに、踵を返して調理場のほうへ戻っていく。
今の話からは、この靴の持ち主が自分の靴がないのに気づいたときの様子が想像できないが、どうやら大騒ぎになっているという感じではなさそうだ。。。
またよくわからない安心感を感じ始めて、いかんいかんと反省しなおす歩夢。
菓子折りも持たずに来たが、持ち主に届けるまえに、タカシマヤかどっかで手土産買わないと。。。
靴にしても、この料亭によく来るという話にしても、きっと金持ちだからオレの下手な土産など嬉しくも思ってもらえないだろうな。
板さんは名刺探しに苦戦しているのか、なかなか戻ってこなかった。
土曜日の忙しい折に迷惑をかけて申し訳ない、と心底思いながら奥へと進む。
店の全体像はわからないが、調理場は客席に囲われるようなレイアウト、つまり中央にあるようで、すぐに見つかった。
なんだかいいにおいがする。。。
客席との間にあるカウンターの引き出しをごそごそと漁る板さんは歩夢に気づき、迷惑かけられているほうにも関わらず、なかなか見つからないことを申し訳なさそうにする表情だった。
ここまでくると、醤油が焦げたような香ばしさは歩夢の脳内を強く刺激するまでになっていた。
「すいません、、、ところで、とてもいい匂いですね。何を作ってるんですか?」
場を取り繕うような言葉だったが、実際とても気になっていた。
「若い衆にまかないを作らせたんだ!よかったら食ってくか?」
まさかの展開に驚き、遠慮しようと思ったが朝から何も食べていない歩夢の表情からは空腹感がにじみ出ていたに違いない。
名刺探しで待たせて申し訳ないから、とばかりに近くの座敷に肩を捕まれ座らされた。
もう、迷惑ついでだ!ありがたくいただこう、とぺこぺこの腹をくくった。
ほどなくしてさきほどの子とは違う、年配の女性が照り焼きの魚と味噌汁、ごはんを歩夢の目の前に音もたてずに置いた。
さすがに高級感のある料亭、見習いさんの作ったまかないとはいえ、絶品だった。
こんなランチをいただくのは久しぶり、と感謝しながらかきこむ。
その美味しさとありがたみに涙をにじませながら板さんを見ると、金塊でも掘り当てたような嬉しそうな顔をしていた。
手には名刺。
ごはんの味が薄れるような緊張が再び歩夢を襲った。
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高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを