【前回までのあらすじ】
誤って持ち帰った靴の持ち主のものとおぼしき名刺を板さん発見!
そこでField of Rise 恒例の、歩夢の妄想が始まった。
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
「永野さん!」
甲高い声に二人は振り返る。
入り口で歩夢を案内してくれた女の子、いや女性がそこには立っていた。
「山木 実由紀」
店内でまかないをいただくまでに馴染んだ歩夢は、胸の名札に目をやることにも抵抗がなくなっていた。
「おお、すまんすまん」
立ち上がりながら板さんは苦笑いした。
「じゃ、またな。うまいめし作るからまたきてくれよ!」
歩夢は素早い身のこなしで立ち去る後姿を感謝のまなざしで見送るしかなかった。
その場に居座ることもできず、入り口に向かう歩夢の視界の片隅ではスタッフが活き活きと夕礼をしていた。
ひょんなきっかけで非日常を体験し、ちょっとした胸のどきどきを抱えながらのれんをくぐる。
引き戸にはまだ準備中の札が下がっていた。
もう太陽は新宿の高層ビルに隠れるようにして、その明るさだけが街に降り注いでいた。
ふと気になり、帰りがけに高級百貨店に立ち寄ることにした。
行き先はもちろん靴売り場。
普段量販店やファストファッションで済ませている歩夢には、緊張感のある場所だった。
木目やダークブラウンで統一され、カーペットが敷き詰められた売り場は場違いにも思えたがぼやけた頭と必要に駆られた思いで足を踏み入れる。
「何かお探しですか」
早速店員に声をかけられるがなんともいえない。恥ずかしい。
紙袋のすきまから例の靴をのぞき見ると、店員もここぞとばかりに話題作りのためツッコミを入れてくる。
「いい靴ですね、どちらのものですか?」
「あ、いや。。。」
自分のものではないとか、経緯を説明するのも面倒だったので言葉を濁した。
「オールデンですかね?」
わずかな隙間から見える情報だけで店員は推理したようだ。
「おーる、でん。。。?」
明らかに挙動不審な歩夢だったが、とりあえず紙袋から出してみることにした。
「インソールもリペアされているのでブランド名は見えませんがそんな感じがしますねー。しかし、よく履きこまれてますね。」
何も言えず天井の模様を迷路のようになぞるしかなかった。
「当店でもオールデンなど様々な靴を取り扱ってますので、どうぞご覧になっていってください」
もともと感づいてはいたが、やはりこの靴はこういった高級な売り場に置かれるべき存在なのだろう。
ふらふら歩いていると、「Alden」の文字が目に入る。
半分運ではあったもののTOEICで745点をたたき出した歩夢にはそれが先ほどの「オールデン」というブランドの英語表記であることは想像できた。
なるほど、確かに似ている。色は、やはり長年履きこまれたものに比べると若々しく光っている感じはするが。
値段は。。。14万円。
回れ右をして売り場を後にした。
背後では先ほどの店員がありがとうございました、と見送っていたが歩夢はぼうっと聞き流していた。
靴を誤って持ち帰ったことには変わりないのだが、やはり価格を目にするとさらに罪悪感が高まる。
百貨店の入り口で先ほどの名刺の店舗をスマホで検索してみると、土曜も営業していたが15時で終了とのことだった。
今日はいろいろあった。とりあえず帰ろう。
言い訳するようにつぶやきながら東南口の改札へ、よしもとの芸人の横をすり抜けながら向かった。
当たり前のように座れない中央線だったが、つり革につかまって揺られながら考え事をするにはちょうどよかった。
帰ったら掃除をして、特に下駄箱は念入りに。そしてこの靴をしっかり保管しておこう。
今回の事件は、掃除する決意を歩夢に起こしたという意味ではまずプラスの影響を与えたようだった。
また明日。歩夢は背筋をのばしつり革を握り締めた。武蔵野に沈んだ夕日の名残をかみ締めるように。
高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを