わたをの小説
【連続革小説】Field of Rise 本編 No.5【わたを】
2017/6/24
【前回までのあらすじ】
誤って持ち帰った靴の持ち主のものとおぼしき名刺を板さん発見!
そこでField of Rise 恒例の、歩夢の妄想が始まった。
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
「永野さん!」
甲高い声に二人は振り返る。
入り口で歩夢を案内してくれた女の子、いや女性がそこには立っていた。
「山木 実由紀」
店内でまかないをいただくまでに馴染んだ歩夢は、胸の名札に目をやることにも抵抗がなくなっていた。
「おお、すまんすまん」
立ち上がりながら板さんは苦笑いした。
「じゃ、またな。うまいめし作るからまたきてくれよ!」
歩夢は素早い身のこなしで立ち去る後姿を感謝のまなざしで見送るしかなかった。
その場に居座ることもできず、入り口に向かう歩夢の視界の片隅ではスタッフが活き活きと夕礼をしていた。
ひょんなきっかけで非日常を体験し、ちょっとした胸のどきどきを抱えながらのれんをくぐる。
引き戸にはまだ準備中の札が下がっていた。
もう太陽は新宿の高層ビルに隠れるようにして、その明るさだけが街に降り注いでいた。
ふと気になり、帰りがけに高級百貨店に立ち寄ることにした。
行き先はもちろん靴売り場。
普段量販店やファストファッションで済ませている歩夢には、緊張感のある場所だった。
木目やダークブラウンで統一され、カーペットが敷き詰められた売り場は場違いにも思えたがぼやけた頭と必要に駆られた思いで足を踏み入れる。
「何かお探しですか」
早速店員に声をかけられるがなんともいえない。恥ずかしい。
紙袋のすきまから例の靴をのぞき見ると、店員もここぞとばかりに話題作りのためツッコミを入れてくる。
「いい靴ですね、どちらのものですか?」
「あ、いや。。。」
自分のものではないとか、経緯を説明するのも面倒だったので言葉を濁した。
「オールデンですかね?」
わずかな隙間から見える情報だけで店員は推理したようだ。
「おーる、でん。。。?」
明らかに挙動不審な歩夢だったが、とりあえず紙袋から出してみることにした。
「インソールもリペアされているのでブランド名は見えませんがそんな感じがしますねー。しかし、よく履きこまれてますね。」
何も言えず天井の模様を迷路のようになぞるしかなかった。
「当店でもオールデンなど様々な靴を取り扱ってますので、どうぞご覧になっていってください」
もともと感づいてはいたが、やはりこの靴はこういった高級な売り場に置かれるべき存在なのだろう。
ふらふら歩いていると、「Alden」の文字が目に入る。
半分運ではあったもののTOEICで745点をたたき出した歩夢にはそれが先ほどの「オールデン」というブランドの英語表記であることは想像できた。
なるほど、確かに似ている。色は、やはり長年履きこまれたものに比べると若々しく光っている感じはするが。
値段は。。。14万円。
回れ右をして売り場を後にした。
背後では先ほどの店員がありがとうございました、と見送っていたが歩夢はぼうっと聞き流していた。
靴を誤って持ち帰ったことには変わりないのだが、やはり価格を目にするとさらに罪悪感が高まる。
百貨店の入り口で先ほどの名刺の店舗をスマホで検索してみると、土曜も営業していたが15時で終了とのことだった。
今日はいろいろあった。とりあえず帰ろう。
言い訳するようにつぶやきながら東南口の改札へ、よしもとの芸人の横をすり抜けながら向かった。
当たり前のように座れない中央線だったが、つり革につかまって揺られながら考え事をするにはちょうどよかった。
帰ったら掃除をして、特に下駄箱は念入りに。そしてこの靴をしっかり保管しておこう。
今回の事件は、掃除する決意を歩夢に起こしたという意味ではまずプラスの影響を与えたようだった。
また明日。歩夢は背筋をのばしつり革を握り締めた。武蔵野に沈んだ夕日の名残をかみ締めるように。
高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを
【連続革小説】Field of Rise 本編 No.4【わたを】
2017/5/21
【前回までのあらすじ】
泥酔して、誤って持ち帰った靴を返すために当日飲んでいた料亭へ。
ちゃっかりまかないをご馳走になっている間に、持ち主の名刺を板さんが発見。。。?
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
荒っぽく名刺を握って小走りに板さんは向かってきた。
もちろん、間違いなく、確実に、嬉しい。のだが、鼓動は早くなっていくばかりだった。
“Leather Crafters’ Factory”
代表
河瀬 光輝
名刺に記された文字を見て、なるほどと納得せざるを得なかった。
この肩書きで、安物の靴を履いていたら大問題だ。
「この人はね、いつも仕立てのいいジャケットを着ててね。」
名刺に釘付けになっているすきに、板さんははすの位置に腰掛けていた。
「年齢不詳っていうのかな。たぶん40歳前後だとおもうんだけど、まぁ、いい人だよ。」
いい人、という根拠も具体性もない言葉だが、歩夢は妙に安心した。
まかないはすっかり平らげていたが、猫舌の歩夢はアツアツの緑茶とまだ格闘していた。
「いいお店ですよね、また、ちゃんと来たいですね。。。」
何食べたかも覚えてないですけど、とは言えないが。
「大正からやってるからね。やっぱりその辺の店とは味の深み、ってのが違うかな!」
わかりやすく喜ぶ。ほんとにいい人だな板さん。。。
というか、仕込みはいいのか。
「お兄ちゃん、結果なんてすぐには出ないんだよ。」
まじめな表情で板さんは言った。
「こんなに頑張ってるのに、なんでダメなんだろう、って。俺も何度も思った。
でも、やめなかったんだ。
するとある日、今までうまくいかなかったことがうそのようにトントン拍子に前に進んでいくんだよな、これは面白い。」
~~~~~
積み上げられた書類。
何度やりなおしても計算が合わない見積書。
朝、上司につき返されて、やり直す気にもならないプレゼン資料。
昨日の18時。
なぜか板さんの話を聞いてその光景が浮かんだ。
西新宿にあるオフィスが歩夢の、1週間の大半を過ごす場所だった。
新宿から少し歩くが、雨にぬれずにすむ場所なのが救いだった。
B1のエレベーターに並び、目的のフロアのボタンを押せば12時間、ランチタイム以外を過ごす缶詰に運ばれる。
無機質な蛍光灯に照らされ、グレーの事務机が整然と並んでいる部屋は、清掃も行き届いていて不快なことなど何もなかった。
ドアからまっすぐ窓に向かい、新宿の町並みを見下ろしながら窓際のデスクを3つ横切ると歩夢のスペースに到着だ。
コンビニで買ってきた100円コーヒーをPCの上に置く。
それが1日の始まりの合図になっていた。
~~~~~
回想から現実に戻ると、目の前で板さんは目をきらきらさせていた。
一昔前のパソコンのようにジリジリと、昨日の記憶が再生されていく。
何かわからないが、この低速なメモリを駆使して、思い出さなければいけないことがありそうだ。
高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを
【連続革小説】Field of Rise 本編 No.3【わたを】
2017/5/2
【前回までのあらすじ】
泥酔して持ち帰ってしまった靴の持ち主を探すため、新宿に向かう途中で元カノに遭遇した歩夢。
未練が復活し、あれこれ思い出しているうちに、目的の料亭に到着した。
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
ガラガラと小気味よい音を立てて、緊張の瞬間は幕を開けた。
店内は落ち着いていて、酔っ払った若手サラリーマンがくだを巻くような場所では到底ない。
危うく、戸を閉めなおして帰ろうかという気分になった。
土曜日ということもあってランチタイムは混み合っていたのか、まだ座席は来客を出迎えるような状態にはなっていないように見えた。
調理場からはあわただしく作業をする音が聞こえるし、ホールスタッフも店内を縦横無人に早足で移動している。
その流れのなかにただ一点、歩夢だけが取り残されたように突っ立っていた。
奥から、少し驚いた様子で女性が近づいてきた。
和服調の制服が落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、きっと歩夢よりも年下であろう。
足音も立てず上品に目の前まで歩を進め、軽くお辞儀をしながら歩夢に声をかけた。
「お客様、大変申し訳ございません、ただ今準備中でして、あと1時間ほどお待ちいただけますでしょうか?」
目の前で見ると、大学生のアルバイトかとも思えたが、声のトーンも落ち着いていて、店の雰囲気を守っていた。
「あの、昨日の夜、靴を間違えて履いて帰ってしまって、お届けに来たのですが。。。」
少し考えた後に、ひらめいたという表情であっと声をあげた。
「お待ちくださいませ!」
先ほどよりも、少し素の自分というか、かわいい声で歩夢を入り口付近のベンチに案内した後に、店の奥へと姿を消した。
さっきの子、いやな顔をしなかったところを見ると、昨日は働いていなかったのか、それとも歩夢が思うほどひどい様子ではなかったのか。。。
いろいろと思索が巡るが、そう時間が経たずに調理場から、今度はうって変わって若干強面の、作務衣を着た男性が袋を持ってやってきた。
「はい」
ぶっきらぼうに渡された袋の中を覗き込んでみると、それは歩夢の見慣れた靴だった。
「あ、ありがとうございます」
受け取りながら、当然のごとく気になったことを問う。
「あの、こちらの靴の持ち主のかたは、どのようにして帰られたのでしょうか?」
歩夢が今度は自分の持ってきた靴をおそるおそる差し出した。
裏手でうまく話が伝わっていなかったのか、板さん(と呼ばせてもらおう)は少し驚いた表情で袋を眼前に寄せた。
「あー、キミが持って帰ったのか!探してたんだよね」
この瞬間の歩夢の表情をカメラが捉えていたら、きっとしばらく笑えるくらいのひどい写真になっただろう。
「この人ね、ちょうど修理に出してた靴を取りにいった帰りだったみたいでね、それを履いて帰ったよ」
なんだかほっとしてしまったが、事態はまったく改善していない。
何せ、人様の靴をこうして持ち帰って(履いて帰って)しまった事実は変わらないのだから。
板さんの話は続く。
「何度か来店してくれていて顔なじみでね、名刺も置いていってるんだよ。連絡があったらつないでくれって言われてるから、ちょっと待ってな。ちょっくら名刺探してくるわ」
威勢の良い口調でひととおり喋ったあとに、踵を返して調理場のほうへ戻っていく。
今の話からは、この靴の持ち主が自分の靴がないのに気づいたときの様子が想像できないが、どうやら大騒ぎになっているという感じではなさそうだ。。。
またよくわからない安心感を感じ始めて、いかんいかんと反省しなおす歩夢。
菓子折りも持たずに来たが、持ち主に届けるまえに、タカシマヤかどっかで手土産買わないと。。。
靴にしても、この料亭によく来るという話にしても、きっと金持ちだからオレの下手な土産など嬉しくも思ってもらえないだろうな。
板さんは名刺探しに苦戦しているのか、なかなか戻ってこなかった。
土曜日の忙しい折に迷惑をかけて申し訳ない、と心底思いながら奥へと進む。
店の全体像はわからないが、調理場は客席に囲われるようなレイアウト、つまり中央にあるようで、すぐに見つかった。
なんだかいいにおいがする。。。
客席との間にあるカウンターの引き出しをごそごそと漁る板さんは歩夢に気づき、迷惑かけられているほうにも関わらず、なかなか見つからないことを申し訳なさそうにする表情だった。
ここまでくると、醤油が焦げたような香ばしさは歩夢の脳内を強く刺激するまでになっていた。
「すいません、、、ところで、とてもいい匂いですね。何を作ってるんですか?」
場を取り繕うような言葉だったが、実際とても気になっていた。
「若い衆にまかないを作らせたんだ!よかったら食ってくか?」
まさかの展開に驚き、遠慮しようと思ったが朝から何も食べていない歩夢の表情からは空腹感がにじみ出ていたに違いない。
名刺探しで待たせて申し訳ないから、とばかりに近くの座敷に肩を捕まれ座らされた。
もう、迷惑ついでだ!ありがたくいただこう、とぺこぺこの腹をくくった。
ほどなくしてさきほどの子とは違う、年配の女性が照り焼きの魚と味噌汁、ごはんを歩夢の目の前に音もたてずに置いた。
さすがに高級感のある料亭、見習いさんの作ったまかないとはいえ、絶品だった。
こんなランチをいただくのは久しぶり、と感謝しながらかきこむ。
その美味しさとありがたみに涙をにじませながら板さんを見ると、金塊でも掘り当てたような嬉しそうな顔をしていた。
手には名刺。
ごはんの味が薄れるような緊張が再び歩夢を襲った。
本編No.4へ
高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを
【連続革小説】Field of Rise 本編 No.2【わたを】
2017/4/17
【前回までのあらすじ】
泥酔で帰宅した翌日、見知らぬ高級靴が玄関にあるのを発見した歩夢。
記憶を頼りにその靴を入手したと思しき場所(飲み屋)へ向かう道程で元カノと遭遇し、甘酸っぱい記憶がよみがえる。。。
そして、新宿に到着。
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
青空にオレンジが混じり始めた空の下、新宿の街は歩夢のはや歩きを都度都度止めた。
信号にもよく引っかかるし、週末になってどこから出てきたのか、浮ついた人々でごった返していた。
特に、手をつないで歩くカップルがやけに目に付いたのだが、それはつい数分前の出来事がそうさせたことは間違いない。
気にしない、と思えば思うほど気になってしまう。
普段は着心地がよくてお気に入りのはずのエンジのスウェットを恨めしくつかむ。
彩夏は気づいたはずだ。
これが家着であることを。
なぜなら、ふたりでいる時にも、家では常にこいつを着ていたのだから。。。
彩夏はこんなだらしない自分に愛想をつかしてしまったに違いない。
ウインドウショッピングにはろくに付き合わないし、逆に彩夏が僕の服を選んでくれる、みたいなデートをした時にも「これでいいよ」とめんどくさそうに適当な服を選んだことがあった。
後日聞いた話だが、僕のファッションのダサさは彩夏が友人から指摘を受けるほどで、それを気にしてなんとか改善しようとしてくれていたらしい。
社会人になってからはスーツで助かっている。
サイズさえ間違えなければ、そんなに大きくはずすことはない。
なーんて言ってちゃダメなんだよな。そろそろいい子、見つけないと。
彩夏がいなくなって気楽に感じたのもつかの間。3ヶ月の時は寂しさという感情を歩夢に植えつけていたようだ。
そんなことを思いながら再び街に意識を向けると、いつの間にか明治通りに差し掛かっていた。
胃の調子は相変わらずだが、アルコールはすっかり抜けたようで目的の店までの道のりがしっかり描かれていた。
駅から離れまばらになってきた人を掻き分けながら進んだ先に、記憶と完全一致するその店はあった。
「新宿 なご美」
まだ開店時間ではないようだが、逆にちょうどいい。
諸々の後ろめたさを抑えながら、引き戸に手をかけた。
本編No.3へ
高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを
【連続革小説】Field of Rise 本編 No.1【わたを】
2017/3/27
【前回までのあらすじ】
金曜日のお決まり、酒をあおり泥酔状態で帰宅したうだつのあがらないサラリーマン斉藤歩夢。
目覚めてみると、玄関には安アパートには似つかわしくない、見たことの無い靴が!
その美しさを確かめながらおぼろげな記憶を辿り、靴に出会ったと思しき場所へ向かう。
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
下駄箱の奥から引き出したReebokのシューズを履き、真上から照らす太陽の下、冷静さと平衡感覚を取り戻しながら歩く。
自分のしでかしたことに感じていた罪悪感と焦りはいつもの街の風景で幾分か和らいだ。
今回の事件は、ただ歩夢が思いもしなかった窃盗?を犯してしまったということだけでなく、心境にも変化を与えていた。
靴というのは、そもそも単なる道具なのだ。
足下を見る、とはよく言うものの、安くても清潔でしっかり磨かれていれば靴なんてどうでもいいと思っていた。
家にある仕事用のシューズは量販店で買ったバーゲン品。
もしかしたら値段は4桁台だったかもしれない。
今日、玄関に佇んでいたバーガンディのシューズは歩夢の感情を突き動かした。
可能の昂ぶりを抑えられず、思わず「履いてみたい」と思うなんて。
初めて靴に対し愛が芽生えた瞬間だった。
早く持ち主に返さないと。
愛情が芽生えたが故に別れを選択しなければいけない、ドラマのような展開だと感じながら中央線の改札を抜ける。
「あ。」
ひらがな一文字だが色々な感情のこもった言葉が口をついて出る。
「あ、歩夢くん、久しぶり。」
「ああ。」
「じゃあね。」
「ああ。。。」
会話もなく、ちょうどホームに入ってきた大月行きの電車に乗り込んでいったのは田島彩夏、3ヶ月前まで付き合っていた子だ。
くん付けで呼ばれたことに距離を感じるとともに、二日酔いもそのままにだらしない格好で家を出てきたことに気づく。
「まぁ、関係ないけどな。」
彩夏とは大学時代にサークルで知り合い、なんとなく付き合い始めた。
「お互い干渉しあわないのがいい関係」という言葉を言い訳におざなりに扱っていたのだが、先日別れを切り出された。
その瞬間になってやっと彼女の魅力に気づいたのだがもう彼女の気持ちは引き寄せることもできないところまで離れていた。
家に遊びにいくと、いつも手料理で迎えてくれて
ろくにプランのできていないデートでも楽しそうにはしゃいでくれて
特に似ている芸能人なども思い当たらないが、愛嬌のある顔。
突然すぎて、口をついて出た「わかった」という言葉を今は後悔している。
こんな格好で電車に乗ろうとしている僕を見たら、きっと彼女の心の片隅にあったかもしれない未練というものは消え去ったことだろう。
東京行きの快速列車が、武蔵野の町並みを遮りながらホームに入ってきた。
今日という一日が予期せぬ形で展開している気がしたが、これはまだ始まりに過ぎなかった。
本編No.2へ
高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを
【連続革小説】Field of Rise プロローグ No.2【わたを】
2017/3/6
【前回のあらすじ】
金曜日のお決まり、酒をあおり泥酔状態で帰宅したうだつのあがらないサラリーマン斉藤歩夢。
目覚めてみると、玄関には安アパートには似つかわしくない、見たことの無い靴が!
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
こたつから飛び出て、這いずるようにして玄関に向かう。
カップラーメンの汁がさらに溢れたようだったが、気にも留まらなかった。
もう昼という時間になろうとして、西向きの窓から少しずつ差してきた日差しに、その靴は妖しい輝きを放っていた。
恐る恐る手に取ってみる。
丸みを帯びながらもスマートな顔立ち。
女性に例えるなら、グラマラスといった表現が合いそうだ。
縫製のひとつひとつが、靴に詳しくない歩夢にもその技術の高さを伝えるものだった。
何よりも歩夢を飛び起きさせたその革の美しさ。
新品のそれとは違う。
何年もかけて磨き上げられたことを誇っているような輝きだ。
バーガンディの宝石とも言えそうなその靴に見とれながらふと我に帰る。
この靴は俺のものじゃない。
目をつむり、首を左右に振り靴を床に戻す。
高鳴る心臓を抑えながら必死に昨夜の記憶を辿る。
1軒目は、確か大衆居酒屋だな。
二人とも冴えないサラリーマン。
飲むときは決まってチェーン店だし、実際に昨日もそうだった。
発泡酒か第3のビールかもわからないメガジョッキを三杯ほど空けて上気分になって店を出たのはまだまだ電車には余裕のある時間だったはず。
「二軒目、二軒目、、、」記憶をたどりながら再び靴に手を伸ばす。
そもそもサイズは合っているのだろうか。
自分の靴は忘れてきているようなので、この靴を履いてきたはずだ。
安堵のため息。
足を入れた瞬間に歩夢の口から漏れたのは、その足を包み込む革のやさしさの結晶だった。
「最高のワインはセックス以上の快感を与えてくれる」というなんともキザな表現を聞いたことがあるのだが、この靴の着用感はその言葉を思い出させた。
再び現実へ。
壁の時計に目をやると14時を回ったころ。
昨日の店を訪ねてみよう。
二軒目のアテはついていた。そこでどんな物語が待っているのかはわからないが。
(本編1へ)
高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを
【連続革小説】Field of Rise プロローグ No.1【わたを】
2017/2/19
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
~プロローグ~
喉の奥から込み上げる感覚とともに目を開けた。
記憶は曖昧だが、酒を飲んで帰巣本能だけで自宅に帰り、コタツに足を突っ込んで寝たのであろうことは想像できた。
斎藤歩夢(さいとうあゆむ)29歳。
中堅商社に勤めて6年目。
主任だかなんだかわからない肩書はついたが特に待遇が変わるわけでもなく、上京してから相も変わらず、武蔵境の安アパートに住み続けている。
大きなあくびをしようとして口を塞ぐ。
ついこの間、同じように酔って帰宅したときに、管理会社経由で騒音のクレームを隣室からもらい、必要以上に過敏になっているからだ。
直接言えばいいのに、と思ったが、歩夢が逆の立場でもそうしないことは、わかりきっていた。
投げ出されたタクシーの領収書の金額に「新宿か。またやっちまったな。」と、嘆きながら体を起こす。
ピシャッ
コタツに膝が当たると、捨てずに置いてあったカップラーメンの汁がこぼれた。
それを見ると力が抜けて、また「人をダメにするクッション」に身を投げた。
冴えない高校生活を終え、当たり前のように田舎を出た。
東京なら何か見つかるはずだと思っていたが、そう甘くはなかった。
大学を卒業し、それなりに就職活動をして希望を胸に入社した会社では最寄り駅からのバスがなくなるまで(終電はおかげさまで?間に合うが)働いても贅沢のできるような給料にはならない。
こうして週末に飲み歩いて、たまに財布やらケータイを失くしては買い換える費用で貯金は消えてしまう。
そういえば昨日も、意味がないと思いながら友人と愚痴を言い合って悪い酔い方をしていたな。。。
ふと玄関に目をやった。
光沢の美しい、バーガンディの見慣れない靴がそこにあった。
築30年のボロアパートには、存在してはいけないものに見えた。
(プロローグ2へ)
高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを