【前回までのあらすじ】
金曜日のお決まり、酒をあおり泥酔状態で帰宅したうだつのあがらないサラリーマン斉藤歩夢。
目覚めてみると、玄関には安アパートには似つかわしくない、見たことの無い靴が!
その美しさを確かめながらおぼろげな記憶を辿り、靴に出会ったと思しき場所へ向かう。
連続革小説 Field of Rise (フィールド・オブ・ライズ)
下駄箱の奥から引き出したReebokのシューズを履き、真上から照らす太陽の下、冷静さと平衡感覚を取り戻しながら歩く。
自分のしでかしたことに感じていた罪悪感と焦りはいつもの街の風景で幾分か和らいだ。
今回の事件は、ただ歩夢が思いもしなかった窃盗?を犯してしまったということだけでなく、心境にも変化を与えていた。
靴というのは、そもそも単なる道具なのだ。
足下を見る、とはよく言うものの、安くても清潔でしっかり磨かれていれば靴なんてどうでもいいと思っていた。
家にある仕事用のシューズは量販店で買ったバーゲン品。
もしかしたら値段は4桁台だったかもしれない。
今日、玄関に佇んでいたバーガンディのシューズは歩夢の感情を突き動かした。
可能の昂ぶりを抑えられず、思わず「履いてみたい」と思うなんて。
初めて靴に対し愛が芽生えた瞬間だった。
早く持ち主に返さないと。
愛情が芽生えたが故に別れを選択しなければいけない、ドラマのような展開だと感じながら中央線の改札を抜ける。
「あ。」
ひらがな一文字だが色々な感情のこもった言葉が口をついて出る。
「あ、歩夢くん、久しぶり。」
「ああ。」
「じゃあね。」
「ああ。。。」
会話もなく、ちょうどホームに入ってきた大月行きの電車に乗り込んでいったのは田島彩夏、3ヶ月前まで付き合っていた子だ。
くん付けで呼ばれたことに距離を感じるとともに、二日酔いもそのままにだらしない格好で家を出てきたことに気づく。
「まぁ、関係ないけどな。」
彩夏とは大学時代にサークルで知り合い、なんとなく付き合い始めた。
「お互い干渉しあわないのがいい関係」という言葉を言い訳におざなりに扱っていたのだが、先日別れを切り出された。
その瞬間になってやっと彼女の魅力に気づいたのだがもう彼女の気持ちは引き寄せることもできないところまで離れていた。
家に遊びにいくと、いつも手料理で迎えてくれて
ろくにプランのできていないデートでも楽しそうにはしゃいでくれて
特に似ている芸能人なども思い当たらないが、愛嬌のある顔。
突然すぎて、口をついて出た「わかった」という言葉を今は後悔している。
こんな格好で電車に乗ろうとしている僕を見たら、きっと彼女の心の片隅にあったかもしれない未練というものは消え去ったことだろう。
東京行きの快速列車が、武蔵野の町並みを遮りながらホームに入ってきた。
今日という一日が予期せぬ形で展開している気がしたが、これはまだ始まりに過ぎなかった。
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高級靴の販売店 Maglay オフィシャルオンライン革小説 Written by わたを